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広島原爆の日に想う

 戦争の犠牲者は現在もなお増加している。各地の内戦、暴動・・・。

貧困が人の心を鬼にしてしまうのか、殺戮が繰り返されている。

 NHKの深夜番組で、一昨日は中国、昨日はニューギニアに兵士として

戦地に赴いたおじいさんがインタビューされていた。物資補給が途絶え、

大砲は敵の攻撃でやられたので、竹を切って、竹のしなりで大砲の弾を

飛ばした・・・、友軍陣地に行くと、友軍は全滅しており、丁重に葬った後

人肉の一部を食した等々。もう当時の事は思い出したくないと語るおじい

さんはすぐ私の隣に居るような方であった。

 エノラゲイの乗っていた米軍のおじいちゃんが、日本で原爆の被害者と

面談すると言う番組を昨年見たが、亡くなっていった広島の人、そして身内

未だに原爆症に苦しむ私に謝ってほしいと語っておられたが、米兵は一切

謝らなかった。戦争終結の為に原爆は必要であり、原爆がなければもっと

多くの死傷者が出たと言う論理で、自分を正当化しておられた。

 一人を殺せば犯罪者だが、何千、何万を殺した者は英雄と言われると言

ったのはチャップリンだが、たまたま任務として乗り合わせた米兵に責苦を

負わせるのは酷なのだろうか。

 核爆弾の削減に向わなければ・・・とオバマさんは話している様だが、戦争

そのものをなくする努力をもっと頑張るべきであり、その根幹にあるものは富

の配分が大半なのではないか。

 イスラエルとアラブ諸国の様に土地問題は、土地が1つしかないのでなかなか

分けにくく、この解決は容易ではないが、富の配分は簡単にできる。いかに合理

的に分配をするのか、ということだけだ。

 今朝、麻生首相が唯一の被爆国として・・・と広島で語っていたが、二度と広島

・長崎の様な被害を出さない様にしたいものだ。

 原爆ドームを抱えた広島の街がテレビで映っていたが、とてもきれいな街であっ

た。

 今、このブログを第八公園前の事務所で書いているのだが、この前の公園に

たくさんの犠牲者が集まる様な悲しい光景を私は見たくない。

 映画やドラマだと今、第八公園で鳴いている蝉の声と同じく、あの戦火の夏も

同じように蝉は鳴いていた・・・、となるのであろう。時間軸を未来において、あの

ときは緑がこんなにあり、子供達が元気に遊んでいた。今は人影さえ見えない・・

・と言う世界を作ってはならない。8月30日の選挙にも行かねばならぬと思う。

 一人一人の気持ち、心の中に、広島・長崎の鎮魂の念を持ち、日本が・・・という

ナショナリズムを抑えた態度で、殊、戦争・戦火に関する事柄に関しては、考えて

行きたいと思う。

 衣食住の住という、最低限の人の営みの根幹部分を商いとする私どもとしては

より一層、心にこういった過去を刻みこむべきだと思うし、それを糧に、被災しない

将来を築くべきだと思う。またそれにはどうすべきなのかを考え、行動して行きたい

と思う。

 

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