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妖(あやかし)

 妖怪が好きである。

 好きだからこそ、眼に着くのか、何かと妖怪の本や映画、アニメが眼にとまる。

 今は『夏目友人帳』と言う漫画にハマってしまっている。

 妖(あやかし)やら、依代(よりしろ)なんて言葉が出てくると、なんだかわくわくするし、神社

に夏目君が逃げるシーンを見ると、そう言えば、私も時々住吉神社の境内で遊んだなぁ

などと遠い過去を思い出してしまう。43歳になった今でも、時々、近くの調神社(つきじん

じゃ)を散歩しているのも知らず知らずに惹きつけられているのだろう  

 先日は原宿に行った帰りに、明治神宮をぐるっと散歩してきた。

 神社が良いのか、歩くことが良いのか・・・この辺は微妙なところだが、細かなところはこ

の際置いておけばいい。神社は私にとってドキドキしながら楽しく歩ける遊園地みたいな

ところなのだ。

 うっそうとした森や林があったり、沼と呼ぶにふさわしい淀みがあったり、普段目にしな

いモノがギュッと濃縮されたテーマパークなのだ。

 夏に行けば涼しいし、春や秋は木々の錦が眼を楽しませる。冬はあまり人がいないの

で神社がすっぽりと自分を包んでくれる。冬の神社は格別いいと思う。

 これで妖怪が見えれば言うことなしなのだが、残念ながら私には見る力や感じる力は

無いようだ。

 見たいけれど、見えない・・・。これが一番イイ関係なのかも知れないな。ただ憧れの

存在であればいい。神社なのだから神が見えても良いのだが、神はみたいとは思わな

い。やはり時々イタズラをする身近な妖怪の方が一緒に居て楽しそうだ。神様といっしょ

にいたら、すぐに息が詰まってしまうだろう。

 さて、最近見えない彼らが私にイタズラを仕掛けてくる事がある。

 とても小さなイタズラだから、きっと妖(あやかし)の仕業だと思っている。

 どんなイタズラかと言うと、洗濯で面白いほどに靴下の片一方が無くなってしまうのだ。

 最近は取り込んだ洗濯物を畳む際に、またもや靴下が片一方だけ残ってしまうと可笑

しくて仕方がなくなる。もっとも下着泥ならぬ靴下ドロボウが先日逮捕されていたので、

人間様のイタズラと言う線が無くもないが、我が家は構造上、靴下ドロボウはやって来

れまい。

 昨日はおろしたての靴下が片一方無くなっていた。今まではちょっと古めの靴下だった

ので、まぁいいやと片一方だけになった靴下を捨ててしまっていたのだが、とうとうおろし

たてのモノにまで手を出すようになってしまった。洗濯機には確実に入れた。干すところ

までは確実にあった。取り込む時にもあったと思う。洗濯かごに入れて、部屋で畳むと片

一方が無くなっているのだ。 

 あまりの妖(あやかし)の見事さに、笑わずにはいられない。

 北浦和には妖怪が居る。

 そう思うととても素敵な町に見える。

 

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