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オリンピックはお祭りであって、メダル数を競う競争に非ず

オリンピックでメダルに固執しすぎるのは見ている側としてはあまり良い気持ちがしま

せん。

なでしこのサッカーも無気力試合を監督が作戦としてやったと話していますし、韓国と中国

のバトミントンでも無気力試合があったそうです。

フェンシングでは1秒を巡って選手が審判の判定に抗議し、金銀銅以外のメダルが授与

されるのだとか・・・。

オリンピックの選手で、しかも準決勝くらいまで来ると、実力も紙一重なんでしょう。

柔道を観ていてそう思います。

各国の選手団としてはメダルが、出来れば金色のメダルが欲しいのは充分に理解します

が、スポーツの祭典としてのオリンピックの精神と合わない事をやるのはいかがなもの

かと疑念を持ちます。見ていて心地よくないんです。

国威発揚だったり、金メダルを獲ると選手は一生裕福に暮らせるから・・・必死になると

言うのも理解できなくはないけれど、もっと大きな精神で戦って欲しいなと思います。

ゴルフのメジャータイトルなんかは選手は必死で戦っていますが、勝者へのコングラッチ

レーションの気持ちもあるからこそ見ていても爽やかなんだと思うんです。

今回は勝利の女神が別の人に微笑む・・・なんて言うのは、超一流の世界ではナンボ

でもありますよ。本当に実力は紙一重なんだから。

あまりにメダルに必死になり過ぎているのを見ると、競技で何を目的にしているの・・・?

と思ってしまいます。きっとあらゆるスポーツは、勝ち負けよりも精神的な成長だった

り、心技体のさらなる向上だったり・・・だと思うんです。メダルが目的ではなく、超一流同

士が試合で相まみえることにより、更に切磋琢磨できるし、超人的な記録もそこで産ま

れるんです。

観客もその超一流同士の技と技のぶつかりあいを楽しみに来ているのでしょう。

結果として、金・銀・銅のメダルが授与されるのでしょうが、それはオマケです。

たまたま勝利の女神が微笑んだだけ・・・  

ビートたけしさんがギリシャはお金が無くて困っているんだから、オリンピックは世界が

ギリシャに返してあげればいいんじゃない  って言ってました。それもまた良しと思

うし、面白いアイデアだとも思います。あまりに金メダルの数だけで競い合おうとするな

らば、オリンピックはツマラナイから発展的解消をしてもいいんじゃないですか。

審判の誤審は良いはずはないですが、さりとて、ウチの国ばかりが誤審の被害にあっ

ていると大騒ぎするのもいかがなものかと思います。

「お祭り」ですから、世界の一流選手が一同に会して、人類の限界に挑戦する・・・。

それを世界市民として純粋に楽しめばいいと思うんだけどなぁ~。

これ自体が草食系の考え方だし、そんなこと言ってたらメダルなんて獲れないよ~と

嘆かれるかも知れません。でも、メダルが獲れなくても、それぞれ選手は国旗を背負っ

て戦っていますもん。勝っても負けても、やっぱりあの頑張りには最大限の拍手を贈り

たいと思います。

柔道は日本が発祥だから、どうしてもメダルが欲しいのも分かるけれどちょっと熱くなり

すぎです。もっと超一流同士の試合の場を楽しんで欲しいな。試合中も監督やコーチ

が映りますが、必死になり過ぎで、あれでは選手が可哀そうだと思います。

視聴者が望むのは、超一流の選手であって、一流の選手ではありません。

審判や選手も含め、今回は「超一流の選手」は該当が無いので出場辞退と言う国が

あっても良い位だと思います。

お祭りだから眉間にシワを寄せて見ないで、人類の限界に感嘆しながら、純粋に楽しみ

たいものです。

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