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震災ガレキ・・・

新潟県知事が柏崎、三条市が震災ガレキの受け入れと、灰の埋め立てを開始したことに

対し、『傷害』、また『殺人に近い行為』だと批判しているとの記事を読みました。

ウチの前の線路を毎日震災ガレキを積んだ貨物列車が走っています。

長い長いコンテナ貨物で、あの量を見ると復興の妨げにガレキはなっているんだろうなと

思います。

そもそも震災ガレキが身体に害があるのかどうか、と言う話しは科学的見地に立って学

者さんが論議すべきテーマであって、知事と市長が感情的な批判合戦をすべき話では

ありません。

日常の焼却灰でも何ベクレルかの値が検出されており、それに震災ガレキを焼却する事

でどれくらい値が上昇するのか?それが人体にどれだけの害を与えるのか?と言うこと

は政治や行政に携わる人が感情的に議論する値に非ず・・・と私は思います。

石原前知事が有無を言わさず震災ガレキを受け入れたのは、電力の恩恵を得ていた東京

のトップとして心情は重々理解します。(当然に科学的にも検討したのだろうと思いますが)

先日NHKスペシャルで『核のゴミ』を特集した番組を見ましたが、全世界で核のゴミの最終

廃棄場問題は困っているそうだ。何も日本だけじゃない。

イギリスではカンブリア州に最終廃棄場を決定しようとしたのですがつい最近地元が

否決し、とん挫したと紹介されておりました。

スイスでは地元にカネをちらつかせるのではなく、科学的見地から地震や地下水の影響

がないと思われる地点を選定し、その地域の人に科学的見地に乗っ取って説明して受け

入れを促そうと言う取り組みをしていました。

候補地の酪農家さんが福島第一の事故を見て、国として曖昧なままにはしておけないと

思った、もし科学的にスイスの国中の中でベストな土地だと判定されたのなら受け入れ

ると話しておられました。

公共の福祉と個人の利益がどのように調整されるのかと言うテーマです。

電力会社が儲かるからと言う理由で、原発をどんどん作ったと言うのは『公共の福祉』

から逸脱していると考えますが、本当に必要ならばどれだけ必要なのかは検討される

べきだし、安全性やコストの観点、私は与しませんがCO2など総合的な見地から、必要

悪として原発を認めることもあってもいいのかも知れません。

ただ野放図に拡大したまま安全性が担保されず、核のゴミの問題も解決されていない

現状を追認するのではなく、『最小限』に留めようとしなければなりません。

どこまで『許容』されるのか?と言う事です。

それが電力会社の利益より下に位置する訳はないのであって『公共の福祉の濫用』を

カネと圧力でゴリ押ししようとしてはならないと私は思っています。

震災ガレキの問題もこれと同根でしょう。

健康に害がないレベルまで『薄める』ことが必要ならば、それこそ全市町村で対応する

と選択することだって仕方がないのではないかと私は思います。それでも薄まらないの

であれば申し訳ないが福島に留める選択が必要なのかも知れません。あくまで仮定の

話しですが、福島第一の事故に伴い、大量の震災ガレキが生じた以上、それをどうす

ると考えるのは日本人ひとりひとりの責務だと思います。

ただそこには大きな『我慢』がありますよ。困った時はお互い様・・・と言うね。

福島はじめ原発事故罹災地域は被害者であってなんら卑下する必要はない訳で、

新潟県と柏崎、三条市ももっと粛々と落ち着いた話しをすればいい。

電力各社や官僚、政治屋さんの一部は利権に溺れ、『公共の福祉の濫用』により更な

るカネや利益を享受せんと画策されておりますが、それは卑しい行為ですね。

電力各社の会長や社長が電気料金を脅しに使って自己の利益のために原発再稼働

を進めようと話すシーンが時々テレビに映りますが、彼らはとてもさもしく見える。

地域の犠牲の上に自己の利益を積み増そうなどとは私企業は考えてはならないし、

普通の企業ならば相応以上のの賠償を求められますからそもそもソロバンに合わない

訳です。自分たちは特殊で、多少の犠牲は知らぬ・存ぜぬ。いざ事故が発生したら、

責任転嫁を国に求めるのでは話しにならない。利益は電力会社に、責任は国に・・・と

平気で考えて話している訳ですからね。

再稼働の話しをする電力会社はそこここにあるのに、万一の事故の場合のリスクをきち

んと話し、そのリスクが現実のモノとなった場合の損失補てんの手だてをしっかりと話し

た電力会社はひとつもない。

ただ電気料金が上がってしまうからと言う名目で、自己の利益を追求しているだけです。

福島第一の事故を見て、スイスの一酪農家さんがいろんなことを考えているのに、当事

者がそれではお話しにならないでしょう。

そもそも震災から丸2年が経過しようとしている時に、新潟県内でガレキの処理で未だに

揉めていると言うのはいかがなものかと思います。

学者同士が議論をして科学的なコンセンサスをとりまとめ、官僚や政治屋さん達が粛々

とそれに対応出来るようにしなければ。震災以後、科学者さん同士が議論をする場を

何度か拝見しましたが、御用学者さんを除けば、賛成派・反対派の討論は真っ向から

意見が対立するのではなく、ある一定範囲内の小さな意見の『ズレ』に集約してしまう

ことが多いです。180度全然違うなんてことはあまりない。

小さな事故なら法律の改正により罰則強化や規制をかけるなんてことは日常茶飯事に

やっているのに、福島第一の事故に関しては、今のところ『見なかったこと』にしようと

しているかの如く、思考停止状態が続いているのでしょうね。

でなければ新潟県のゴタゴタなんか起こるはずがない。

それぞれの部署で責任を受け止めて、時には厳しい判断をする時もあるのでしょう。

事故は起こらない方がいい。でも事故が発生したらその事後処理もまた必要です。

本日、国会で原子力規制委員長が承認されたらしいですが、もうそろそろ感情的な

議論の余地を潰して福島第一の事故にも向きあい、あまたある原発をどうして行くの

か意見を集約して行っていいように思います。

※ 私はどちらかと言うと原発は無くして行った方がいいと思っています。決して原発

を肯定するモノではない。ただし国の在り方として決定されるだろう方向性には従わ

ねばならないとも思っています。

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コメント

それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
一億総ざんげへの道。動き出したら止まらない。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way).
意思のないところに解決法はない。
意思は未来時制の内容であり、日本語には時制がない。
それで、日本人には意思がなく、解決法が見つけられない。
自然鎮火を待つのみか。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲す。
不自由を常と思えば不足なし。
座して死を待つか、それとも腹切りするか。
私の父は、玉砕した。何のお役に立てたのかしら。
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

わかっている、わかっている。皆、わかっている。
ああしてこうすりゃこうなると、わかっていながらこうなった、、、、、
十二歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。教養がない。
わかっちゃいるけど やめられない。ア、ホレ、スイスイ、、、、

白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。
我々は、自らは望むことなく危機に陥る民族なのか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2013年2月16日 (土) 20時33分

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