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安楽死・・・

総領弟子という立場から歌丸さんを見てきた歌春は「歌丸はとても意思が強くて、運が強くて、芯も強い師匠だと私はずっと思っていました。ですから、苦しい時でも見舞客に対しては『苦しい』とか『痛い』とかの弱音を吐くことはめったになかったんですけど、さすがにその危篤を過ぎて意識が回復して、苦しいのが実感するようになってくると『苦しい、楽にしてくれ』と言っていました。そういう時に『そういうこと言ったらダメですよ。まだ、お客さんが待っているんですから頑張りましょう』と言ったんですけど、その言葉がとてもつらかったですね」と率直な思いを吐露。その上で、こう続けた。

 「こんなことを言っていいのかどうかわからないですが、本当の安楽死というのは、一番苦しい時にさせてあげるのが、意味があるんじゃないかなと、その時は思いました。本当に苦しかったんだと思います。だけど、それを乗り越えて生き返った訳ですから、また何度も何度も奇跡を起こしているから、またきっと蘇るだろうと思って、そのことは言いませんでしたけど、やっぱりそれだけつらいとか、本当に見ている方もつらいし。最後まで呼吸器をつけていたものですから、鼻の頭がすりむけていまして、いつも痛がっていたんですけど、これが痛がっていることだったんだなと。2ヶ月も飲み食いできないのもツラいし、呼吸も苦しいし、つらかっただろうし、本当に全部から解放されて『師匠、お疲れ様でした』という言葉を最期にかけました」。(オリコンニュース)

医学が進み過ぎて『痛みを伴う延命治療』をなお続けなきゃいけないと言うのは周りの者は辛いでしょうね。
治る見込みの有無をどう判断するのかってことが問題なんだろうけれど。
モリカケでなく、こういう話しこそもっと国会でも議論して欲しいと思います。
鶴瓶さんのお母さんが亡くなられた時に、長男さんが兄弟に、オカンは本当に頑張った。
もうええな。と電話して来て、延命措置を中止し、亡くなられた。一番最初に産んだ子に
最期を決めて貰えて母親はきっと幸せだったと私は思うと話していたのを聞き、私は
ご兄弟の優しさとお母さんのありがとうの思いに涙したことを思い出しました。
病人の尊厳も大事でしょ。
もちろん治る命は大事にしなきゃダメだけれど、酸素吸入等も含めた延命措置で生きる
と言うのは尊厳を失わせることになっているケースもあると思うんです。
それを止めることは安楽死と言わないのではないのかな。
呼吸器を装着し、2カ月間飲み食いできずに・・・と言うのは、医学的な死亡で、それは
病院の自己満足な気がします。
病院によってはもう十分に頑張ったからと、治療を辞めるところだってあると思うんです。
歌丸さんのご家族がとか、お弟子さんたちがどうこうじゃないですよ。念のため。
あのご年齢で、ご自身が病気のデパートとお話しされていた訳で、『よく頑張ったね』
と言う判断が本人、身内の者には出来ないのかな。2カ月間飲み食いできない状態で
なお痛みと闘わなきゃならないのかな。
一律で線を引く問題でなく、それぞれのケースで病院が命を決めるのでなく、患者本人
そして身内の意見を組める世の中の方がいい気がします。それほどまでに医学が進歩
し過ぎてしまった。自殺でもなく、まして他殺でもなく、寿命を全うしたと言ってもらえる
話しではないかと・・・。
安楽死ではなく、尊厳死はあってもいいのではないでしょうかね。

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