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昭和

今年の冬は凧が流行ったのだとか。

かく言う私も昭和のオッサン。凧あげはようやりました。

べったん、東京ではメンコですか?ビー玉なんかもようやりました。

ビー玉は地⇒真ん中・左右を経て、⇒天 に行って帰路も同様に戻るやつ。穴を掘

らないといけないから、アスファルトでは出来ません。ベッタンもビー玉も負けた

ら没収されちゃうもんでね~。生活がかかってました。

冒頭の凧です。公園と言っても狭い公園では凧は出来ません。

え~?なぜに?と問うお母さん。私は何を言うてるの?

公園に行って判りました。何組もの子供たちが凧あげをしているのですが、糸を5m

ほど出してわ~い、わ~いと走り回って遊ぶ遊びに変化しちゃったんですね。

令和の時代では。なるほど大勢の子が平等に遊ぶためには5mがいい線です。

私が子供のころは凧揚げ大会と言うと自作で作った凧を一番高く揚げたものが勝ちで

した。当時は電線や各ご家庭のアンテナによう凧が引っかかってましたもんね。

今はまぁ見ませんわ。

凧を見たら付属品の糸は30mしかない。

アカン、こんなモノを放ってしまえ。80mが基準じゃ~。

何~?怖い~?関係あるかい、あげてしまえ~ 💥💥💥💥💥

ハハハ。あがってしまいました~ ✨

あがるまでは昭和のおっちゃんが必死で、夢中であげてたので良かったのですが、

もう糸が無くなったら、今度は社会性がむくむくと沸き上がり、私が不安になりまし

た。子供はきゃっきゃと喜んでます。タコ糸が巻いてあった筒を握りしめて寝転んだり

してました。もう辞めよ、嫌・・・何度もこの会話が繰り返されます。

糸が切れたら、凧が貧相なので潰れたら・・・。心配になりますが、バタバタ鳴る凧に

キャッキャと騒ぐ。

公園には何組か凧があがってましたが、昭和世代の凧揚げは追随する凧は現れませんで

した。

昭和、平成そして令和。3つの年号を経験し、最近は顔にシミも出てきた今日この頃。

郷に入っては郷に従えじゃないけれど、令和式の凧揚げが安全でいいわいなと思ったの

でありました。

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