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保科正之さん

もう2月も今日で終わり。

当たり前と言えばそうなんですが、コロナ禍でやれ自粛解除だとかリバウンドが心配だとか、ワクチン

の接種が遅れ気味だとかいろんな話題がありますが、確実に春に近づいている今日この頃。

もう梅の花は咲いてますもん。

Youtubeにはお薦め動画に東日本大震災の動画が出てくるのは、もう10年経ったんだなぁ~と世間の

皆さんが当時の動画をたくさん見ているからなのかなぁと思っている次第。

先日の福島沖の強い地震が呼び水になっているのかも知れません。

辛坊治郎さんが昨日のウェークアッププラスで降板されるとのことで、阪神大震災をそして東日本大震

災を中継して来たことを振り返っておられました。

やっぱり涙しますね。

地震の被害もあるのでしょうが、津波の被害がね。そして原発事故の被害。

首都圏に住んでいる者としては原発事故で福島に迷惑をかけている側ですねん。福島には復興してもらわ

なきゃ困ります。

あっそうそう。

会津は優秀な藩だったからこそ、江戸末期、京都守護職を松平容保さんが引き受けられ、それが明治維新で

業する訳ですが、会津が優秀な藩になる基礎を作ったのは保科正之さんですわ。

その保科さんを教育した武田信玄さんの次女で見性院さんのお墓がさいたま市緑区の清泰寺と言うところ

にあります。武田家重臣臣・穴山梅雪さんの正室でっせ。武田家が滅亡した後も家康さんの庇護下にあり、

さいたま市緑区の大間木周辺を領地として与えられたご縁でお墓があるんだそうです。

保科正之さんは3代将軍家光さんの異母弟で家光さん、4代家綱さんを支えた名君ですわ。彼は高遠藩主

⇒山形藩主と経験して会津藩主に任命され、会津でも善政を執るんですよ。産業をそして教育にも力を入

れてね。それで会津が栄え幕末になっても幕府を支えようと努力して京都守護職の拝命に繋がる。

ここまでは良かったのですが、戊辰戦争で敗れ、ひどい目に遭うんですな。それ以降、明治政府に意地悪

をされ今に至ってもなお・・・と言うのが福島の歴史ですわ。

見性院さんも保科正之さんへの教育は見事にやられたのですがねぇ。世の中はなかなかうまく行きません。

つい先日、見性院さんのお墓がある信泰寺さんに行ってきまして掲示板を見て来たんで知ったのですが。

震災以後、ちょくちょく福島県には行きまして、随分と良くしてもらいましてね。会津の方々、優しいん

です。本当にぜひ旅行に行かれるといい。コロナが落ち着いたらね。

今まで知らなかったけれど、会津が栄える源となった方を教育された方のお墓が地元にあったんだなぁ~と

思いました。ちょっと遠いご縁だけどね。でも歴史を辿ると面白い。

ちなみにお墓のある清泰寺ですが、文化財指定の十一面観音立像が秘仏で12年に1度の御開帳だそうです。

午年に見れると書いてありましたわ。

もう常磐線も全線開通しているし、今度は常磐線廻りで福島に行って来ようかなぁ。

磐越東線経由で磐越西線を使って会津入りするツアー。

これは宿泊せな時間が足りないツアーになってしまうなぁ。

猪苗代湖付近は豪雪地帯だから、以前に行った時には大雪に遭ってしまったんですよ。

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徒歩で雪の中を旅するのは大変でした~。

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雪の会津はもう勘弁なので、もう少し暖かくなったら・・・かな。

 

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